インシデント管理とは?目的からプロセス、成功のポイントまで徹底解説

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「システム障害が頻発し、その場しのぎの対応になっていないか」「インシデント管理の重要性は理解しているが、何から始めれば良いか分からない」といった課題はありませんか?インシデント管理は、ITサービスの停止時間を最小限に抑え、ビジネスへの影響を食い止めるための重要な活動です。本記事では、国際的なフレームワークであるITILに基づき、インシデント管理の基本定義から目的、問題管理との違い、具体的な5つのプロセスまでを徹底解説します。結論として、成功の鍵は「明確な体制とプロセスの定義」「適切なツールの活用」「継続的な改善」にあります。この記事を読めば、自社に最適なインシデント管理体制を構築し、サービス品質と顧客満足度を向上させるための具体的な方法がわかります。

目次

インシデント管理とは ITILが定義する基本を解説

ビジネスのIT依存度が高まる現代において、システムの停止やサービスの品質低下は、企業の信頼性や収益に直接的な打撃を与えます。このような予期せぬ事態に迅速かつ効果的に対処するための仕組みが「インシデント管理」です。インシデント管理は、ITサービスマネジメント(ITSM)の中核をなすプロセスであり、その目的は発生したインシデントによる事業への影響を最小限に抑え、サービスを迅速に復旧させることにあります。

本章では、ITサービスマネジメントの国際的なベストプラクティス集であるITIL(Information Technology Infrastructure Library)の定義に基づき、インシデント管理の基本をわかりやすく解説します。

ITILが定義する「インシデント」とは

まず、インシデント管理の対象となる「インシデント」とは具体的に何を指すのでしょうか。ITILでは、インシデントを以下のように定義しています。

これは、実際にユーザーが影響を受けている状態を指します。例えば、「サーバーがダウンして業務システムが使えない」「ネットワークに接続できず、インターネットが利用できない」といった状況が典型的なインシデントです。

さらにITILでは、「まだサービスに影響を与えていないが、将来的にサービスの中断や品質低下を引き起こす可能性のある事象」もインシデントに含めています。例えば、サーバーの監視ツールがディスクの空き容量低下を検知した場合、現時点ではサービスに影響は出ていませんが、放置すれば将来的にサービス停止につながる可能性があるため、これもインシデントとして扱われます。

インシデントの具体例

インシデントは、ハードウェアの故障からソフトウェアの不具合、人為的なミスまで、さまざまな原因で発生します。以下に、企業活動で発生しうるインシデントの具体例をカテゴリ別に示します。

カテゴリ具体的なインシデント例
ハードウェア関連サーバーがダウンした / ネットワーク機器(ルーターやスイッチ)が故障した / 社員のPCが起動しない
ソフトウェア・システム関連業務アプリケーションがフリーズする / 基幹システムにログインできない / ソフトウェアのライセンス認証が切れた
サービス品質関連Webサイトの表示が極端に遅い / メールの送受信ができない / オンライン会議システムの音声が途切れる
セキュリティ関連PCがウイルスに感染した疑いがある / 不審なメールを受信した / IDとパスワードが漏洩した可能性がある

これらの事象が発生した際に、迅速に検知し、記録し、適切な担当者へ引き継ぎ、解決に向けて動く一連の流れ全体がインシデント管理の範囲となります。

インシデント管理の核心は「迅速な復旧」

インシデント管理を理解する上で最も重要なポイントは、その目的が根本原因の特定と恒久的な対策を講じることではなく、あくまで「サービスの迅速な復旧」にあるという点です。もちろん、最終的には根本原因を突き止めることも重要ですが、それは後続の「問題管理」という別のプロセスの役割です。

インシデント管理のフェーズでは、サービスを正常な状態に戻すことを最優先します。そのため、暫定的な回避策(ワークアラウンド)を講じることも少なくありません。例えば、故障したサーバーを代替機に切り替える、問題のあるソフトウェアを再起動するといった対応がこれにあたります。ビジネスへの影響を最小限に食い止めることこそが、インシデント管理に課せられた最大のミッションなのです。

インシデント管理の目的とビジネスにおける重要性

インシデント管理の目的とビジネスにおける重要性 主要な3つの目的と、それが生むビジネス価値 事業継続性の確保 ダウンタイムを最小化 BCP(事業継続計画)の実効性向上 発生 復旧 MTTR 短縮 顧客満足度・品質向上 迅速な復旧・影響の最小化 透明なコミュニケーション 信頼維持・解約防止 ナレッジ蓄積・効率化 再発時に迅速な解決 属人化の防止・標準化 ナレッジベースの活用 ビジネス価値への貢献 安定稼働・信頼性・コスト最適化の実現 ¥ 売上機会の保護 SLA順守・機会損失の抑制 顧客信頼・満足度向上 離脱(チャーン)抑制 運用コスト削減 効率化・再発防止 ポイント: 迅速復旧で影響最小化/透明な連絡で信頼維持/知見の共有で継続的改善

インシデント管理は、単にITシステムで発生したトラブルを事後的に処理するだけの活動ではありません。その本質的な目的は、ITサービスを迅速に正常な状態へ復旧させ、ビジネスへの悪影響を最小限に抑えることにあります。現代のビジネスはITシステムを基盤としており、その安定稼働は事業継続に不可欠です。ここでは、インシデント管理がビジネスにおいてなぜ重要なのか、3つの主要な目的から解説します。

事業継続性の確保とダウンタイムの最小化

インシデント管理の最も重要な目的は、ITサービスの停止時間(ダウンタイム)を可能な限り短縮し、事業活動を継続させることです。システム障害やサービスの停止は、直接的な売上機会の損失だけでなく、従業員の生産性低下やブランドイメージの毀損など、多岐にわたる深刻な影響を及ぼします。

例えば、ECサイトが1時間停止すればその間の売上はゼロになり、顧客が競合サイトへ流出する可能性があります。また、社内の基幹システムが停止すれば、全部門の業務が滞り、企業全体の生産性が著しく低下します。インシデント管理は、定められたプロセスに従って迅速かつ的確に対応することで、これらのビジネスリスクを最小化し、事業継続計画(BCP)の実効性を高める上で極めて重要な役割を担います。

影響の種類具体的な内容
直接的な損失売上機会の損失、生産性の低下、復旧作業にかかる人件費
間接的な損失顧客からの信頼失墜、ブランドイメージの低下、顧客離れ(チャーン)の発生
コンプライアンス上のリスクSLA(サービスレベル合意書)違反による違約金の発生、監督官庁への報告義務

顧客満足度とサービス品質の向上

インシデント管理は、顧客満足度と密接に関わっています。ユーザーが期待通りにサービスを利用できる状態を維持することは、サービス品質の根幹です。インシデントが発生した際に、いかに迅速にサービスを復旧させ、ユーザーへの影響を最小限に食い止めるかが、顧客からの信頼を左右します。

たとえインシデントが発生したとしても、その後の対応が迅速かつ透明性をもって行われれば、かえって顧客の信頼を高めることさえあります。逆に、対応の遅れや状況説明の不備は、顧客の不満を増大させ、解約やサービスからの離脱につながる大きな要因となります。適切なインシデント管理プロセスを整備・運用することは、安定したサービス品質を提供し、長期的な顧客との良好な関係を築くための基盤となるのです。

社内ナレッジの蓄積と業務効率化

インシデント管理は、発生した事象への対応プロセスを記録・管理する活動でもあります。この蓄積された対応履歴は、組織にとって非常に価値のある「ナレッジベース」となります。

過去のインシデント情報(原因、対応策、解決までの時間など)を分析することで、同様のインシデントが発生した際に、担当者は過去の事例を参照し、より迅速かつ効率的に問題を解決できます。これにより、対応業務の属人化を防ぎ、担当者のスキルレベルに依存しない安定した対応品質を実現します。ナレッジが共有されることで、サービスデスクや情報システム部門全体の業務効率が向上し、本来注力すべきシステムの改善や企画といった、より付加価値の高い業務へリソースを再配分することが可能になります。

インシデント管理と混同しやすい用語との違い

インシデント管理と混同しやすい用語との違い ITIL/ITSMにおける役割の整理(目的・トリガー・時間軸/性質) インシデント管理 リアクティブ 目的: 迅速な復旧(応急処置) トリガー: 予期せぬ中断/品質低下 時間軸: 即時対応・短期 問題管理 プロアクティブ 目的: 根本原因の特定と再発防止 対象: 繰り返し/重大インシデント 性質: 中長期・分析的 変更管理 プロアクティブ 目的: 変更リスクを管理し安全に実施 トリガー: 改善/機能追加/恒久対策 性質: 計画的・審査/承認あり サービス要求管理 定型処理 目的: 標準的な要求への対応 例: PCセットアップ/ソフト申請/再発行 性質: 定型・低リスク・標準手順 再発防止へ(根本原因の特定) 恒久対策は変更管理で実施 定型依頼はサービス要求へ振り分け プロセスの性質の目安 ・インシデント管理: リアクティブ/即応 ・問題管理: 中長期・分析的 ・変更管理: 計画的・リスク管理

インシデント管理を効果的に運用するためには、ITサービスマネジメント(ITSM)のフレームワークであるITILで定義されている、関連性の高い他の管理プロセスとの違いを正確に理解することが不可欠です。特に「問題管理」「変更管理」「サービス要求管理」は、インシデント管理と密接に関わりながらも、その目的と役割が明確に異なります。これらの違いを把握することで、各プロセスがスムーズに連携し、組織全体のITサービス品質向上につながります。ここでは、それぞれの用語との違いを具体的に解説します。

問題管理との違い

インシデント管理と最も混同されやすいのが「問題管理」です。両者は密接に連携しますが、その目的と時間軸が根本的に異なります。

インシデント管理の最優先事項は、発生したサービスの中断や品質低下から、可能な限り迅速にサービスを復旧させることです。これは、いわば「応急処置」にあたります。原因の特定よりも、事業への影響を最小限に食い止めるための暫定的な回避策(ワークアラウンド)を講じることが重視されます。

一方、問題管理の目的は、インシデントの根本原因を特定し、恒久的な解決策を策定・実施することで、将来的な再発を防止することです。これは「根本治療」に相当します。繰り返し発生するインシデントや、影響の大きいインシデントの裏に潜む未知の原因(問題)を突き止め、解決に導きます。

例えば、「特定のWebサイトにアクセスできない」というインシデントが発生した場合、インシデント管理はサーバーの再起動などで即時復旧を目指します。しかし、同じインシデントが何度も再発する場合、問題管理のプロセスが開始され、「なぜサーバーが頻繁に停止するのか」という根本原因(メモリリークや設定不備など)を調査し、恒久的な対策を講じるのです。

項目インシデント管理問題管理
目的サービスの迅速な復旧(応急処置)根本原因の特定と再発防止(根本治療)
ゴール事業影響の最小化、ダウンタイムの短縮インシデントの撲滅、恒久的な解決策の実施
時間軸即時対応(リアクティブ)中長期的・分析的(プロアクティブな側面も持つ)

変更管理との違い

「変更管理」は、ITサービスを構成する要素(ハードウェア、ソフトウェア、ドキュメントなど)に対するすべての変更を、管理された手順で実施するためのプロセスです。インシデント管理が予期せぬ事象への対応であるのに対し、変更管理は計画的な活動を扱います。

インシデント管理は、計画外のサービス停止や不具合といったネガティブな事象への「事後対応(リアクティブ)」です。正常な状態に戻すことがミッションです。

対照的に、変更管理は、サービス改善、機能追加、あるいは問題管理で特定された根本原因の解消などを目的とした「計画的な活動(プロアクティブ)」を管理します。変更に伴うリスクを評価し、ビジネスへの影響を最小限に抑えながら、安全かつ確実に変更作業を実施することが目的です。

この2つのプロセスは連携します。例えば、問題管理によって「サーバーのOSをアップデートする必要がある」という恒久対策が示された場合、そのアップデート作業自体は変更管理のプロセスに従って計画・承認・実行されます。無計画な変更が新たなインシデントを引き起こす最大の原因の一つであるため、厳格な変更管理は安定したサービス提供の基盤となります。

項目インシデント管理変更管理
目的サービスの迅速な復旧変更に伴うリスクを管理し、安全かつ円滑に実施する
トリガー予期せぬサービスの中断や品質低下サービス改善や問題解決のための要求
性質計画外・事後対応(リアクティブ)計画的・事前対応(プロアクティブ)

サービス要求管理との違い

「サービス要求管理」は、ユーザーからの標準的な要求に対応するプロセスです。インシデントとサービス要求は、どちらもサービスデスクが窓口となるため混同されがちですが、その性質は大きく異なります。

インシデント管理が扱うのは、「正常に機能していたものが壊れた、使えなくなった」というマイナス状態からの回復です。例えば、「社内システムにログインできない」「プリンターから印刷ができない」といった事象が該当します。

一方で、サービス要求管理が扱うのは、ユーザーからの情報提供、アドバイス、標準的な変更依頼など、事前に定義・承認された定型的な依頼です。これらは故障ではなく、IT部門が提供するサービスメニューの一部です。具体的には、「新しいPCのセットアップ依頼」「ソフトウェアのインストール申請」「パスワードのリセット」などが挙げられます。

これらを明確に区別することは、SLA(サービスレベル合意書)に基づいた適切な対応優先度を設定し、リソースを効率的に配分するために極めて重要です。インシデントは緊急性が高い場合が多いのに対し、サービス要求は定型的でリスクが低く、標準的なプロセスで処理されます。

項目インシデント管理サービス要求管理
目的サービスの迅速な復旧(マイナスをゼロへ)ユーザーからの標準的な要求への対応(ゼロからプラスへ)
具体例システム障害、ネットワークの不通、アプリケーションエラーPCのセットアップ、ソフトウェアのインストール申請、パスワードリセット
性質故障・不具合への対応定型的なサービス提供

インシデント管理の基本的なプロセスとフロー

インシデント管理の基本的なプロセスとフロー 目的: サービスを可能な限り迅速に正常な状態へ復旧 1 検知と記録 ・報告/監視/発見 ・チケット起票 2 分類と優先度 ・カテゴリ化 ・影響度×緊急度 3 初期診断と エスカレーション ・ナレッジ検索/FCR 4 調査と解決 ・原因究明 ・回避策/恒久対策 5 復旧とクローズ ・ユーザー合意 ・記録/ナレッジ化 エスカレーションの種類 ・機能的:専門チームへ引き継ぎ ・階層的:管理職へ報告・意思決定 優先度決定マトリクス(影響度 × 緊急度) 影響度 緊急度:高 1 2 3 2 3 4 3 4 5 注:数字が小さいほど優先度が高い(1=最高, 5=最低) 全インシデントを一元記録し、客観的な基準で優先度を決定。適切なエスカレーションで迅速復旧。

インシデント管理は、場当たり的に対応するものではなく、ITIL(IT Infrastructure Library)で定義されているような、体系化されたプロセスに沿って進めることが極めて重要です。このプロセスは、インシデントの発生から解決、そして終結までの一連の流れを標準化し、サービスを可能な限り迅速に正常な状態へ復旧させることを目的としています。ここでは、インシデント管理における5つの基本的なステップと、それぞれの具体的な活動内容について詳しく解説します。

ステップ1 インシデントの検知と記録

インシデント管理プロセスの出発点は、インシデントの発生を「検知」し、それを正式な記録として「記録」することです。この最初のステップが、その後の対応全体の質とスピードを左右します。

インシデントの検知は、主に以下のチャネルを通じて行われます。

  • ユーザーからの報告: 電話、メール、チャットボット、社内ポータルなど、エンドユーザーからの問い合わせ。
  • システム監視ツールからのアラート: サーバーのダウン、ネットワークの遅延、アプリケーションエラーなどを監視システムが自動で検知し、担当者に通知。
  • サービスデスク担当者による発見: 他の問い合わせ対応中やシステムチェック中に、担当者がインシデントを発見。

検知されたインシデントは、些細な事象であってもすべてインシデント管理ツールに「チケット」として起票し、一元管理します。記録すべき主な情報には以下のようなものがあります。

  • インシデントの一意な識別番号(チケット番号)
  • 報告者の氏名、部署、連絡先
  • インシデントの発生日時
  • 利用しているサービスや機器の名称
  • 具体的な事象(エラーメッセージ、症状など)
  • 対応の履歴(誰が、いつ、何をしたか)

すべてのインシデントを正確に記録することで、対応の重複や漏れを防ぎ、後の分析やナレッジの蓄積に役立てることができます。

ステップ2 分類と優先順位付け

記録されたすべてのインシデントを同じように扱うことは非効率です。次のステップでは、インシデントを「分類」し、対応の「優先順位」を決定します。

分類(Categorization)では、インシデントの内容に応じてカテゴリ分けを行います。例えば、「ハードウェア障害」「ソフトウェアのバグ」「ネットワーク関連」「アカウント関連」といったカテゴリを設定します。これにより、インシデントの内容を素早く把握し、適切なスキルを持つ担当チームへスムーズに割り振ることが可能になります

優先順位付け(Prioritization)は、限られたリソースを最も重要な問題に集中させるために不可欠です。優先度は、一般的に「影響度」と「緊急度」の2つの軸を組み合わせたマトリクスによって決定されます。

  • 影響度(Impact): インシデントがビジネスに与える損害の大きさ。影響を受けるユーザー数や業務の重要度で判断します。(例:全社システム停止は影響度「高」)
  • 緊急度(Urgency): インシデントを解決するまでに許される時間的な猶予。ビジネス上の締め切りやSLA(サービスレベル合意書)などを基に判断します。(例:月末の経理システム障害は緊急度「高」)

以下は、影響度と緊急度から優先度を決定するマトリクスの例です。数字が小さいほど優先度が高くなります。

緊急度:高緊急度:中緊急度:低
影響度:高1 (最高)2 (高)3 (中)
影響度:中2 (高)3 (中)4 (低)
影響度:低3 (中)4 (低)5 (最低)

このように客観的な基準で優先順位を付けることで、対応の順序について担当者が迷うことなく、組織として一貫した対応を実現できます。

ステップ3 初期診断とエスカレーション

優先順位が決まったインシデントは、一次対応窓口であるサービスデスクで「初期診断」が行われます。

初期診断では、担当者がまずナレッジベースや過去のインシデント履歴を検索し、同様の事象に対する解決策がないかを確認します。よくある質問(FAQ)や既知のエラーであれば、この段階でユーザーに解決策を提示し、迅速にインシデントをクローズすること(一次解決)を目指します。一次解決率(FCR: First Call Resolution)を高めることは、サービスデスクの重要なKPIの一つです。

初期診断で解決できない、あるいはより専門的な知識が必要だと判断された場合は、エスカレーションを行います。エスカレーションとは、インシデントを二次、三次対応チーム(専門技術者や開発チームなど)に引き継ぐことです。エスカレーションには、主に2つの種類があります。

  • 機能的エスカレーション: より高度な技術的スキルや権限を持つ専門チームに対応を引き継ぐこと。
  • 階層的エスカレーション: インシデントの重大性が高い場合や、SLAで定められた解決時間を超過しそうな場合に、マネージャーや上位の役職者に報告し、意思決定を仰ぐこと。

適切なタイミングで的確なチームへエスカレーションすることが、問題の長期化を防ぐ鍵となります。

ステップ4 調査と解決

エスカレーションを受けた専門チームは、インシデントの根本的な原因を特定するための詳細な「調査」と、それを排除するための「解決」策の実施を担当します。

調査フェーズでは、ログファイルの分析、システムの再現テスト、関連部署へのヒアリングなど、多角的なアプローチで原因究明を進めます。原因が特定できたら、恒久的な解決策、あるいはサービス復旧を最優先とするための一時的な回避策(ワークアラウンド)を検討・実施します。

解決策の例としては、以下のようなものが挙げられます。

  • ソフトウェアのパッチ適用やアップデート
  • システム設定の変更
  • ハードウェアの修理・交換
  • ユーザーへの操作手順の再案内

解決策を実施する際は、他のシステムへの影響を最小限に抑えるよう慎重に進める必要があります。特に、広範囲に影響を及ぼす可能性がある変更作業は、インシデント管理プロセスから変更管理プロセスへと連携し、適切な承認と計画のもとで実行されるべきです。

ステップ5 復旧とクローズ

インシデント管理プロセスの最終ステップは、サービスが正常な状態に「復旧」したことを確認し、インシデント記録を「クローズ」することです。

解決策を適用した後、担当者はシステムが正常に動作しているかを確認します。そして最も重要なのが、インシデントを報告したユーザーに連絡を取り、問題が解決されたことの合意を得ることです。ユーザーの同意なしにインシデントをクローズしてしまうと、問題が再発した際に信頼を損なう原因となります。

ユーザーからサービス復旧の確認が取れたら、インシデント管理ツール上でチケットをクローズします。その際、以下の情報を最終確認し、正確に記録することが求められます。

  • 最終的なインシデントの分類
  • 解決までにかかった時間
  • 具体的な解決策や対応手順
  • 根本原因(もし判明していれば)

ここで記録された情報は、非常に価値のあるナレッジとなります。同様のインシデントが発生した際の迅速な解決に役立つだけでなく、問題管理プロセスにおける根本原因の分析や、将来のインシデントを未然に防ぐための改善活動にも繋がっていきます。

インシデント管理を成功に導く5つのポイント

インシデント管理のプロセスを導入するだけでは、その効果を最大限に引き出すことはできません。ここでは、インシデント管理を形骸化させず、組織に定着させ、ビジネス価値を最大化するための5つの重要なポイントを解説します。

明確な体制と役割分担

インシデントが発生した際、誰が、何を、いつまでに行うのかが不明確では、対応の遅れや混乱を招き、被害を拡大させる原因となります。責任の所在を明確にし、迅速かつ的確な対応を可能にするためには、事前に体制を構築し、各担当者の役割と責任を定義しておくことが不可欠です。

一般的に、インシデント管理には以下のような役割が存在します。

  • サービスデスク(一次受付): ユーザーからの問い合わせを受け付け、インシデントを記録し、初期対応を行う窓口。
  • インシデントマネージャー: インシデント対応全体の指揮を執り、進捗管理、エスカレーションの判断、関係者への報告を行う責任者。
  • 技術スペシャリスト(二次・三次サポート): 専門的な知識や技術を用いて、インシデントの調査と解決策を実施する担当者。
  • コミュニケーション担当: ユーザーや関係部署に対し、インシデントの状況や復旧見込みなどを適切に通知する担当者。

これらの役割を明確にするために、「RACIチャート」のようなフレームワークを活用するのも有効です。RACIは、実行責任者(Responsible)、説明責任者(Accountable)、協業先(Consulted)、報告先(Informed)の4つの役割をタスクごとに定義する手法です。

タスクサービスデスクインシデントマネージャー技術スペシャリスト
インシデントの記録R (実行責任者)A (説明責任者)I (報告先)
優先順位付けC (協業先)A (説明責任者)R (実行責任者)
調査・解決I (報告先)A (説明責任者)R (実行責任者)
ユーザーへの報告R (実行責任者)A (説明責任者)C (協業先)

SLA(サービスレベル合意書)の設定

SLA(Service Level Agreement)とは、サービス提供者と利用者の間で合意する、サービスの品質レベルを定義したものです。インシデント管理においてSLAを設定することで、対応の優先順位を客観的な基準で判断し、期待値をコントロールすることが可能になります。

SLAでは、インシデントの重要度(影響度や緊急度)に応じて、目標とする対応時間や解決時間を具体的に定めます。これにより、「いつまでに対応してもらえるのか」という利用者側の不安を解消し、担当者も目標が明確になることで対応に集中できます。

SLAで定義すべき主な項目には以下のようなものがあります。

  • 対応時間: インシデントの報告を受けてから、担当者が対応に着手するまでの時間。
  • 解決時間: インシデントの発生から、完全に解決しサービスが復旧するまでの時間。
  • 目標復旧時間(RTO): インシデント発生後、どのくらいの時間でシステムやサービスを復旧させるかという目標時間。

これらの目標時間は、インシデントの優先度に応じて設定するのが一般的です。

優先度定義目標対応時間目標解決時間
基幹システム停止など、事業全体に甚大な影響を及ぼす15分以内1時間以内
一部門の業務が停止するなど、影響範囲が限定的1時間以内4時間以内
軽微な不具合など、代替手段があり業務への影響が少ない4時間以内2営業日以内

ナレッジベースの活用

ナレッジベースとは、過去に発生したインシデントの対応履歴、解決策、FAQ、マニュアルなどを一元的に集約したデータベースのことです。ナレッジベースを整備・活用することで、対応の属人化を防ぎ、組織全体の対応力を底上げすることができます。

担当者は、新たなインシデントに直面した際にナレッジベースを検索することで、類似の事象に対する解決策を迅速に見つけ出すことができます。これにより、対応時間が短縮され、サービス品質の均一化が図れます。また、新任担当者の教育コスト削減や、利用者が自ら問題を解決できる「セルフサービス」の促進にも繋がります。

ナレッジベースを効果的に活用するためのポイントは以下の通りです。

  • 情報の蓄積をルール化する: インシデント対応が完了したら、必ずその内容(原因、対応手順、解決策)をナレッジとして登録するプロセスを定着させます。
  • 検索性を高める: タイトルやタグ付けのルールを統一し、誰でも必要な情報に素早くアクセスできるようにします。
  • 定期的な棚卸しと更新: 情報の陳腐化を防ぐため、定期的に内容を見直し、古い情報を更新または削除します。

適切なインシデント管理ツールの導入

インシデントの件数が増えてくると、Excelやメールでの管理には限界が生じます。情報の一元管理とプロセスの自動化を実現し、効率的かつ抜け漏れのない管理体制を構築するためには、専用のインシデント管理ツールの導入が非常に有効です。

インシデント管理ツールには、以下のような機能が備わっています。

  • チケット管理機能: すべてのインシデントを「チケット」として起票し、ステータス(新規、対応中、解決済みなど)や担当者を一元管理します。
  • 自動化機能: インシデントの優先度に応じた担当者の自動割り当てや、SLAの期限が近づいた際のアラート通知など、手作業を削減します。
  • 可視化・レポート機能: インシデントの発生件数や解決時間、SLA達成率などをダッシュボードで可視化し、分析レポートを自動で作成します。
  • ナレッジベース連携: ツール内でナレッジベースを構築・検索できるため、対応しながら過去の事例をスムーズに参照できます。

日本国内で利用されている代表的なツールには、「ServiceNow」や「Jira Service Management」などがあります。自社の規模や業務プロセス、予算に合わせて、最適なツールを選定することが重要です。

継続的なプロセスの見直しと改善

インシデント管理は、一度プロセスを構築して終わりではありません。ビジネス環境やシステム構成の変化に対応し、常により良い状態を目指すためには、PDCAサイクル(Plan-Do-Check-Act)を回し、継続的にプロセスを最適化していく姿勢が求められます。

プロセスの見直しには、インシデント管理ツールから得られる客観的なデータが役立ちます。例えば、以下のような指標(KPI)を定点観測し、改善点を探ります。

  • 平均解決時間(MTTR): インシデントの解決までにかかる時間の平均。長期化している原因を分析し、対策を講じます。
  • 初回コール解決率(FCR): サービスデスクがエスカレーションすることなく、最初の問い合わせで解決できたインシデントの割合。この比率が高いほど、サービスデスクのスキルとナレッジが充実していることを示します。
  • SLA達成率: 設定したSLAを遵守できたインシデントの割合。達成率が低い場合は、リソース配分やSLA自体の見直しが必要です。

定期的にレビュー会議を開催し、これらのデータを基に関係者で課題を共有し、改善策を立案・実行していくことで、インシデント管理の成熟度を高めていくことができます。

まとめ

本記事では、ITILを基にしたインシデント管理の定義から、その目的、具体的なプロセス、そして成功のための重要なポイントまでを網羅的に解説しました。インシデント管理とは、ITサービスの予期せぬ中断や品質低下に対し、迅速にサービスを正常な状態へ復旧させるための一連の活動です。

インシデント管理を適切に運用する目的は、単にシステムを復旧させることだけではありません。ダウンタイムを最小化して事業継続性を確保し、顧客満足度を維持・向上させることが最大の理由です。さらに、対応記録をナレッジとして蓄積・活用することで、将来のインシデント解決を迅速化し、組織全体の生産性向上にも貢献します。このことから、インシデント管理は、ビジネスの安定と成長を支える不可欠な経営基盤であると結論付けられます。

インシデント管理を成功させるには、明確な役割分担、SLAによる目標設定、ナレッジベースの整備、そして適切な管理ツールの導入が鍵となります。本記事で紹介した5つのポイントを参考に、自社のインシデント管理プロセスを見直し、継続的な改善サイクルを構築していきましょう。

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